神田司町一丁目(かんだつかさまちいっちょうめ)

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神田司町一丁目
「神田司一丁目」の町名由来板は、佐竹稲荷神社から神田駅西口商店街を西へ行ったところ、外堀通りに出るすこし手前にあります。この商店街は歩行者天国で、買い物や散歩に快適な道になっています。
 ところで、千代田区町名にはすこし変わったところがあります。この町の北側に「神田司町二丁目」という住所がありますが、「神田司町一丁目」という住所はありません。同様に「神田多町二丁目」はありますが「神田多町一丁目」は存在しないのです。昭和四十一年の住所表示の実施で「内神田」となり、”一丁目”がなくなったのがその理由です。町名由来板には、こうしたなくなってしまった由緒ある町名を後世に伝えたいという思いが込められています。
 もう1つ、千代田区の町の名前で興味深いものがあります。現在区内にある町名で、「まち」と読むところは四つしかありません。「大手町」「麹町」「小川町」「司町」がそれで、ほかはすべて「ちょう」といいます。町の名前は代々受け継がれているものですから、こういった視点から町をみるのもおもしろいかもしれません。
 さて、現在の内神田一丁目の東半分は、昭和十年までは「三河町」と呼ばれていました。岡本綺堂の『半七捕物帳』の主人公・目明かしの半七親分はその三河町に住んでいた事になっています。そこを作者が訪ねて行ってさまざまな捕り物の話を聞き出すというのが物語の趣向でした。野村胡堂の『銭形平次捕物控』はこの『半七捕物帳』に刺激されて生まれました。
 綺堂も胡堂ももとは新聞記者でした。東京日日新聞(現・毎日新聞)の綺堂は貴社のかたわら戯曲を書き、劇作家として成功しましたが、一方の胡堂は報知新聞の社会部長、文芸部長まで務めあげました。旧御家人の息子で東京生まれの綺堂はともかく、平次や八五郎などの江戸弁をたくみに書いている胡堂が岩手県出身というのは、ちょっと驚きかもしれません。
 ここは「神田司町一丁目(かんだつかさまちいっちょうめ)」と呼ばれ、江戸時代には商人や職人の家が立ち並んでいた町でした。安政(あんせい)三年(1856)の地図を見ると、三河町(みかわちょう)や皆川町(みながわちょう)、蝋燭町(ろうそくちょう)といった町があります。
 このうち三河町は、天正(てんしょう)十八年(1590)の徳川家康入府のとき、一緒に来た三河(現・愛知県)の武士たちが住んだ場所で、慶長(けいちょう)年間(1596〜1615)にこの武士が下谷(したや)に移ったあとにできた町です。
 皆川町は、江戸初期に皆川山城守(みながわやましろのかみ)広照(ひろてる)の屋敷があったといわれます。のち寛永(かんえい)のころ(1624〜1644)から豊後府内(ぶんごふない)藩松平(まつだいら)家の屋敷に、貞享(じょうきょう)四年(1687)からは陸奥福島(むつふくしま)藩堀田(ほった)家の屋敷地になっています。ここが町屋になったのは、元禄(げんろく)十年(1697)ごろで、町名は皆川山城守にちなんで名付けられたといわれています。
 蝋燭町は、慶長十七年(1612)に成立した古い町で、寛永のころ能楽師の幸若太夫(こうわかだゆう)の拝領地であったところが含まれてできました。町名はこのあたりに蝋燭づくりの職人が住んでいたことに由来しています。江戸中期以降には、武家屋敷がなく職人と商人の町として栄えてきました。時代を経てもそれは変わりなく、呉服関係、印刷・製本などの職人たちが多く住み、とくに建築関係では、町内の職人だけで家が一軒建てられたといわれています。また、商人も大店(おおだな)ではなく、生活に必要な八百屋や魚屋などが多く、人情味豊かな町でした。
 明治に入ると、東京全体の町割が刷新され、この界隈(かいわい)も明治六年(1873)までに、三河町二丁目、皆川町、神田蝋燭町、旭町に再編されました。さらに関東大震災後、これらをまとめて新しい町をつくることが決まり、昭和十年(1935)、四つの町が合併して「司町一丁目」が誕生しました。
 司町の名前は、神田神社の平田盛胤宮司(ひらたもりたねぐうじ)の命名によるもので、「司」が「者の頭領なれば、未来永劫栄ゆること疑いなし」という意味をもつことから名付けられました。
 昭和二十二年(1947)、神田区と麹町(こうじまち)区が合併して千代田区が成立したときに神田司町一丁目となり、さらに昭和四十一年(1966)に住居表示の実施により内神田一丁目(うちかんだいっちょうめ)の一部と内神田二丁目(うちかんだにちょうめ)の一部となり、現在に至っています。
 町名は「内神田」に変わりましたが、住民組織である町会では「司」の名前を引き継ぎ、「司一町会(つかさいちちょうかい)」として存続しています。いまではオフィスビルが多くなりましたが、人情味あふれる楽しい町会であることに変わりはありません。

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